2021年01月02日

2021年新年おめでとうございます&2020年振り返り

我が輩は名無し猫である。
2021年の幕開け、おめでとう申し上げる。
今年も、主(株式会社SOSEKI社長)と主の属す社会の日頃の諸行を語っていく次第である。
といってもこの主、1月末を持って、産休のため事業の方はしばらくお休みするとのことなのだ。再開見込みは世田谷区の保育園事情にかかっているとのことである。ブログは細々続けるので、これからもよろしく頼みたいとのことである。

主にとってはおめでたい事情で新年を迎えたわけであるが、世の中はコロナ一色で去年も大変、今年もしばらく落ち着かない、見通しグレイなお正月となってしまったのだ。
ここで、去年の出来事を振り返ってみる。

まず、2020年Google検索急上昇ランキング上位5つはこの通り。
1位 新型コロナウイルス感染症
2位 大統領選挙
3位 緊急事態宣言
4位 鬼滅の刃
5位 あつまれ どうぶつの森

やはりコロナに踊らされた年だったと言えよう。
コロナの流行により、様々な気づきを与えられた1年だったのだ。気づきを列挙する。

<日本は(比較的)まともな国>
前回の記事にもアップしたが、最近、日本の自粛モードにも限界が来て、感染者が増えているものの、他の西洋諸国の感染者数・死亡者数の比ではないのだ。夜は友人とバルでワインを飲み、ハグ&キスし、クリスマスは家族と過ごし、ハグ&キスする西洋人。個人の政治的主張をマスクなしのデモで大表明するアメリカ人。「コロナ自粛は自由の危機だ!」と飲み屋で叫んじゃうフランス人。嫌いではない。こんな事情でなければむしろ、忖度を重んじる日本人には魅力的に映るのであるが、「だめでしょ!」という話である。
主も海外移住願望が幼少の頃から常に心のどこかにあるタイプの人間であるが、この時ばかりはもしも海外に住んでいて、友人との飲みに誘われたり、親愛のハグでもされたらキレるだろうと考えている。
ジャパニーズ・ピープルは総じて自制のできる国民性である。

<小池都知事は流行語大賞を狙っていた>
年末のユーキャン流行語大賞で「三密」について政府の考えた標語でありながら小池都知事が流布したという理由で、都知事が受賞したことは記憶に新しい。
これではっきりした。都知事は流行語大賞を狙っていたのだ。「ソーシャルディスタンス」といった外来語を広めた功績の他、「ひ・き・し・め・よ・う」「五つの小」といった、ほぼ流布していな標語もあるところに、都の努力を感じる我が輩である。決して一発屋ではないのだ。きっと、都の職員は徹夜で標語を生み出しているのだ。

<テレビで報道されない事実が多すぎる>
その主張が嘘か真かはまだ明らかではないが、例えば、トランプ大統領はコロナウィルスは武漢の研究所から漏洩した可能性を強く追求していたのは事実であるが、テレビでは全く報道されなかったのだ。
「テレビ=メディア」であった時代はとうに終わり、ネットですぐに様々な情報が拡散されるこの時代。「報道しない」というテレビの姿勢だけが浮き彫りになってしまっていて、国民はシラけているのだ。
シラケといえば、他にも、不倫や脱税で世を賑わせた芸人さん達がネットでいまだ批判を受けているのに関わらず、テレビに出たり出ようとしたり。テレビ局のお偉方と国民との温度感が違いすぎて、我が輩はテレビ局現場の人たちに同情を寄せている。テレビからジャーナリズムは消えたのだ。
真にジャーナリズムを体現しているのは、○ちゃんねると、テレビ大広告主であるソフト○○ク配下のYaxxx!ニュースだけである。

<SNSで視野が狭小化、GAFAの意に反して個性が排除される時代>
昨今、SNSや、SNSに限らず、ウェブサイトの広告・メディアでは、ユーザのアクセスを解析してユーザの嗜好に合わせた情報が表示される仕組みになっている。そのため、ネットを見るユーザには、同じような情報しか表示されず、自身の思考が肯定され、強まっていく傾向にある。トランプ支持者にはバイデンに関する肯定的なニュースは表示されないし、逆もしかり。この仕組みがアメリカを分断したという意見もあるらしいのだ。ことあるごとに自由・民主主義を謳うGAFAがこの流れを加速させているのはなんとも皮肉なことである。
SNSとは別の観点であるが、ダイヤモンド・オンラインに掲載されたインタビューの中で村上春樹氏は「浮世離れした人が世の総論に新しい風を吹き込み、世の中を柔軟にする」といったようなことを語っていた。(※あくまで主解釈)
我が輩も、総論で世の中が動き、個が排除される気配を肌で感じた1年だったのだ。
ちなみに、主のYaxxx!ニューストップ画面には、眞子様とメーガン妃に関するニュースしか表示されなくなったのだ。

<台湾IT担当大臣オードリー・タン>
台湾IT担当大臣のオードリー・タンの活躍から目が離せない1年だった。LGBTQであり、35歳の若さで蔡英文政権に加わった天才プログラマーはデジタルを活用した、開かれた社会を国際的に発信している。仮にオードリー・タンが日本人だったとたら、政府に登用されている気が全くしない我が輩である。

<地方の市議会はオワテル>
愛知県西尾市の「コンパニオンはコロナ感染対策」は年末に出たヒットギャクの1つだったのだ。なんなら流行語大賞を差し上げたかった我が輩である。草津町議会の判決前の解職請求騒動に至っては、世も末。
コロナからリモートワークが広がり、「地方移住いいじゃない」ムードになっているが、こんなニュースを見ると、地方での女性差別は「差別」とも認識されていないように感じる我が輩であった。


コロナだけでも色々あった1年だったのだ。書き出すとキリがない。リモートワークになり、職場での人間との接点が減ったせいか、すっかりロイヤル・ウォッチャーとなった主。眞子様と小室さんの行方についても日頃から考察しているが、正月から語らされた我が輩はそろそろ二度寝する時間なのだ。

まだまだコロナは収まりそうになりが、今年が皆さんにとって明るい1年となるよう、お祈り申し上げつつ・・・。

合掌。

代筆 by 社長
posted by 名無し猫 at 09:12| 日記

2019年12月29日

今年も終わり。

吾輩は名無し猫である。
既に時は師走。皆さんは大掃除は終わったであろうか?
主((株)SOSEKI社長)は、たった今年内の仕事が終わり、せいせいとした顔をしている。
その途端に風邪を引き始め、大掃除などどこ吹く風といったふうである。
「続きは次回」といいつつ、次回の記事をアップしない主。
来年こそ頑張ってもらいたいものであるが、吾輩は同時に諦めの境地に達しつつある。
何はともあれ、冬晴れのすがすがしさの中、令和元年が終わろうとしているのだ。
このブログをひいきにして下さる常連の皆さんに感謝するとともに、
皆さんが家族と静かに年末を過ごせるようお祈り申し上げる。HP_CAT.jpg


火事と正月太りには用心なのだ。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

代筆by社長
posted by 名無し猫 at 11:09| 日記

2019年08月05日

三国志に学ぶビジネススキル〜第2回 劉備に学ぶ人たぶらかしの術(前編)

吾輩は名無し猫である。
日本中が天然ホットヨガになっている猛暑であるが、皆さんはいかがお過ごしであろうか。

最近はもっぱら吉本さんのお家騒動で世間はにぎわっていたようである。
「ブログのアクセス数アップのためには吉本さんネタで記事を一本・・・しかし、」と主(株式会社SOSEKI社長)は話している。
吉本さんに関しては色々な立場の見方がありすぎて、誰を擁護しても炎上という返り血を浴びるのであるから、結局、記事のアップは辞めるとのことである。「これぞ危機管理」などと主は自画自賛している。
主がちょっとだけ考えた記事の内容は、フランス革命になぞらえたお家騒動の分析だったのだ。

つまり、会長・社長(王政)が揺らぎ始めると、その近くの貴族から改革の声を上げ始めるも(ラファイエット侯)、ソフトな改革案では収まりがつかなくなり、若手(ジャコバン派)から過激な不満が噴出するというくだりである。(←結局書いてる)

ちなみに主のフランス革命知識は、名作『べルサイユのバラ』依存である。

以上、長い余談である。
本題はフランス革命ではなく、三国志である。
『三国志に学ぶビジネススキル 第2回』をだいぶ前に予告してから延び延びになっていたのだ。
9月中旬まで東京国立博物館で三国志の特別展を開催中していることを知り、主はようやく筆を取ったのだった。

第2回のテーマは、「劉備に学ぶ人たぶらかしの術」。前編・後編に分けて、今回は前編をお届けする。

※三国志の概要おさらいは第1回の記事を参照いただきたい。
三国志に学ぶビジネススキル〜第1回 国家の大義と企業理念

三国志に登場する君主の中では、やはり、合理的で物事を即決していく魏の曹操が、リーダーらしいリーダーと言えるだろう。明るい自信家で、判断が早く、時には恐怖を与えながら臣下、臣民を支配していく。オーナー経営企業のオーナーに多いタイプだと主は言っている。吾輩はパワハラはご免であるが、全員が認めるリーダーなのだ。

一方、蜀の劉備は、一般的にも、徳を重んじた君主として、曹操と違うタイプとして認識されているようである。劉備は、自分にはない才を持った臣下によくヘリ下り、民の命を重んじ、外交上も敵国と表立って喧嘩などしない。よい条件を提示されても「下心があるわけではありませんから」と断るタイプ。その徳の高さゆえ、関羽、張飛、趙雲という名だたる武将のみならず、絶世の賢者・諸葛亮、龐統までも臣下に引き入れ、慕われ続けたと言われているのだ。

しかし、心のねじ曲がった主、
「これは計算です。計算の上で、人をたぶらかしているのです」
などと言う。主がつらつら語る。

劉備.jpg
※絵は劉備玄徳。派手な服装を好み、諸葛亮に叱られる。

実際のところ、劉備殿の政治家としての手腕は、その優柔不断な性格と、徳が無用に高すぎるあまりに、かなり「やばい」ところがあったようである。

関羽、張飛たちを臣下に引き入れ、漢を立て直すために、戦いを続けた劉備。臣下を食べさせなくてはならないのに、傭兵のような日銭生活を続け、土地を持たずに、よその貴族のお世話になりながら、なんと20年以上ものらくら放浪していたのだ。後継者に悩む貴族に土地を引き継いで欲しいと言われても「土地を横取りするなんてそんな下品なことできません」と断り、結局手に収まった土地も呂布にあっけらかんと譲り、結局、追い出され・・・。

長年ついてきた関羽・張飛たちも心の中で一度と言わず一千回くらい思ったことだろう。

人がいいのもええかげんにせぇよ、と。

にもかかわらず、臣下たちに見捨てられず、慕われ続けたのは、
「この人、自分が支えないとダメかも。」と思わせることができたからではないだろうか。
劉備は徳の高さだけではなく、漢室の血をひくという絶対不可侵の性質もあった。
臣下は「自分を輝かせてくれて、かつ存在が揺らがない君主はこの人しかいない」と思ったことだろう。

主曰く、「これこそ劉備の思うつぼなのじゃ!」ということなのだ。
主が劉備を分析した結果がこれ↓である。

その@.だまされてはいけない。計算で人をたぶらかしている!
劉備殿のブラックな一面として、曹操と協力して荒くれ者の呂布を捉えた際などは、曹操が呂布の死刑をためらう一方、「さあ、どうだか〜」と、の〜らくらと死刑の方向に話をもっていって曹操に死刑を決断させたのだ。これは計算でなくて何であろう。
おそらく、劉備は、天然半分・計算半分で、空気を吸うように人をたぶらかせる人であったと主は断定している。"自分に必要"と感じた人を引きつけ離さない才能があったのだ。

そのA.輪の中心となってメンバーを回す、現代型リーダー
興味深いのは、トップダウンの独断でスピード感をもって話を進める曹操に対し、この劉備殿、自分が輪の中心となって優秀なメンバーをぐるぐる回していく、GoogleやFacebookに見られるような現代型のリーダーに近い点である。メンバーはトップの決めたことを実行するのではなく、自発的なやる気をもって物事を進めていく。

しかし、皆と同じ目線の円の中にいながら、リーダーと見なされ尊敬され続けるは、高見に鎮座するトップダウン型のリーダーより難易度が高いと主は考える。このリーダーの座を絶対不可侵にするものが必要である。劉備の場合は、何よりも漢王室の流れを組む血筋がそれであったのではないだろうか。(米国の若きリーダーたちは自分自身の突出したテクノロジースキルで実際にモノを作れる)。バランス型の総合職タイプが評価される時代はもう古いのかもしれない。

そのB.相手に論破する気をなくさせ、情に訴える最強の天然型
劉備の人物像は、主が長年主張してきた「天然最強説」を裏付けているらしい。何やら話が長くなってきたので、続きは後編をこうご期待である。

執筆をさぼるわりに、話し出すと話が長い困り者の主なのだ。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

代筆 by 社長
posted by 名無し猫 at 16:10| 日記